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車に戻り、いよいよ赤穂市を離れる。次は岡山県だ。山がちの道を進んで、岡山県日生町へ。この町は、「にっせい」と読むのかと思っていたら「ひなせ」と読むそうだ。次第に瀬戸内海の穏やかな海が見えてくる。すぐ近くに対岸が見えるが、実は島になっていて、船を使わないと行くことができない。島の中には野生の鹿が棲んでいる場所もあるようだ。
町の中心部には港があり、かなり賑わいでいる。時間があれば少し散策といきたいところだが、まだまだ先があるので、ここは我慢して、そのまま通過する。 |
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閑谷学校
続いては、備前市だ。ここは備前焼の産地として有名だ。釜で使うと思われるまきが並んでいたりするのが特徴的だ。
ここでの見所は、閑谷学校。330年前にできた日本最古の学校だ。海沿いから山のほうへ針路を変え、国道2号を経由して県道のほうへ入っていく。何でこんな山の中に?というようなところで学校にたどり着く。今は山奥になってしまっているが、昔はこのあたりは栄えていたのだろうか?
校門をくぐりまず目に入ったのが校舎。入ってみるが特に何の展示もないのでどういう授業が行われていたのかなど背景がさっぱりわからない。続いて、石塀の続く細い道を上り資料館へ。石塀の横は、急な斜面で丘になっている。火事になっても、火が及ばないように丘を造ったのだそうだ。反対側の石塀は、かまぼこ型に整形されている。沖縄とか中国で見かけそうな形だ。中に栗石を詰め込んで造ってあるから300年経っても草1本生えないという説明がされている。栗石を詰め込んでいるからといって、砂が入り込まないとは限らないような気がするのだが?
続いては、閑谷学校資料館。中では、創設者である備前藩主池田光政の話題や建設の経緯、その後の運営やここで行われていた授業の内容などが説明されている。本来ここを見てから校舎を見たほうがわかりやすいような気もするのだが順路がこうなっているのだからしょうがない。
山道を戻り、海のほうへ。海沿いの道を進んでいくと、山が黒くなっているのを発見。どうやら山火事になったようだ。黒く、柱だけになってしまった気もあれば、松のように、黒くならず、葉っぱも茶色くなりながら残っている木もある。木だからといって一概に燃えやすいとは限らない。
いよいよカーナビが圏外になりそうなので、地図を取り出す。カーナビが圏外になるというのに気づいたのは旅行に出る数時間前。慌ててTERUに図書館で借りてきてもらった地図がここで役立つ。
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閑谷学校の校舎

閑谷学校の石垣
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竹久夢二ゆかりの地
邑久町というところに入った所で、竹久夢二の生家を見る。入館料が500円なので、外から見るだけにする。駐車場から民家の裏庭を歩いていくと、ひっそりと農家風の建築物が立っている。しかしやはり隣は民家だ。ここにもしぢいさんが棲んでいたら、生前の彼のことを知っていたりするのだろうか?
駐車場の隣には夢二がアトリエとして使っていたという夢二少年山荘がある。この建物は、一度取り壊されたが、夢二の次男の記憶をたどって、復元したものだそうだ。
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竹久夢二の生家
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