岡山・牛窓旅行記 2002年5月2日〜6日
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〜備前・牛窓・岡山・倉敷・美作〜
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3日目その4 岡山その1
 いよいよ岡山市へ。街中の後楽園と市内中心部のちょうど間のコイン式パーキングに車を停める。駐車料金は30分100円。意外と安い。一番奥の停めにくい場所は特別割引で40分100円となっていたのでそちらに駐車する。
 
後楽園

 歩き始める。雨が降っているため、濡れ気味だ。10分ほどで後楽園へ。雨にもかかわらず、人がたくさんいる。入場料350円を払って中へ。
 まず最初に見たのが鶴。檻で飼われている。なぜ名園で鶴が飼われているのだろう?
 続いて、松林を抜けていく。特に工夫も何もない単なる松林だ。松林を抜けると池に出る。周りはなぜか芝地だ。日本庭園に芝地というのは実に異様だ。というよりもここを純日本庭園と考えるのがおかしいのかもしれない。目の前に山があり、そこだけが日本庭園風になっていて、その奥には黒色の岡山城が見える。
 続いては左側になぜか茶畑。これも大いに疑問だが、これは江戸時代からあったらしい。さらに歩き、何の特徴もない林を散策して、先程見ていた山のほうへ。
 山の前にせせらぎと四阿があり、若干の趣は感じるが、まだまだだ。唯一飛び石の敷き方だけはまともだ。
 丸く刈り込まれたヒラドツツジの間を縫って山に上る。上から見る景色は悪くはないが、決して日本庭園ではない。
 八橋を渡ってカキツバタを見ながら散策していく。「あこをまだみてない」とTERUがいう延養亭の横を通っていったらいつのまにか外に出そうになってしまった。秘密の無料入場の穴だ。だが、ここから出てもしょうがないので園内に戻り、岡山城側の出口から出る。
 結局、この庭園のどこがどう「日本三名園」なのかさっぱりわからないままだった。日本庭園という価値すらないのではないだろうか。兼六園などとは比べものにならない。
 川を渡って岡山城のほうへ。雨が降っていたため、もはや後楽園のパンフレットはぐちゃぐちゃになってしまった。


写真
後楽園
岡山城

 岡山城は黒色をしており別名烏城とも呼ばれている。そうした中で光っている金のしゃちほこが派手さを増させているように見える。
 岡山城と後楽園は本来共通入場券があり両方併せて520円では入れるはずなのだが、今は特別展をやっているので、入場券は別だ。本来より大幅に高い800円を払い中を見る。
 まずエレベータで4階まで上りそこから階段で最上階である6階へ。最上階は思いのほか大きくない。後楽園のほうの見通しがなかなかよい。
 下へ行き、特別展示である戦国武将の紹介を見る。関が原の合戦の屏風が展示されている。それ以外は何が特別なのか、それほど追い銭をすべき価値があるものなのかよくわからない。
 3階へ行き、岡山城を取り巻く人物の紹介を見る。ここで意外と注目を集めていたのは 宇喜多秀家の奥さんである豪姫。利家とまつの子でありながら、秀吉の養子となった人だ。さすがに大河ドラマをやっているだけあって「前田利家」という言葉にはみんな敏感に反応するようだ。前田利家の肖像画の展示でも行えば、たいそう人が来るのだろうが、前田育徳会がそんなことを許すとは到底思えない。
 そのほかとしては、岡山城主の紹介がある。末期の藩主が肖像画ではなく、写真で紹介されていたのは意外だった。
 さらに下りていくが、特に印象的なものはなにもない。人数限定で殿様衣装やお姫様衣装を着て広間に座って写真をとるというサービスもあるようだが、もう営業は終了している。
 1階では城下町風の町並みを再現している。ここから地下へ行き、外に出る。地下はかつては食糧蔵になっていたそうで、このように、天守閣内に蔵があるのは異例のようだ。かつて朝鮮半島を攻めた宇喜多秀家が敵方の城に大量の備蓄があり、攻めあぐねた経験から蔵を設けたものだそうだ。
外へ出ると同時に入り口の門を閉められた。これでもう入場は受け付けないようだ。天守閣前の芝地にはもう誰もいない。この状態で写真をとれば、きれいな写真が取れただろうに残念だ。

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写真
岡山城